文章置き場

二次創作小説を記録しています。原作者、公式とは関係ありません。現在はWTを中心に上げています。R18作品はピクシブのみ。

どうかその手を伸ばして独りにしないで(wt烏出)

話が長くなりましたが、これでも削りました。タイトルは烏丸の心境です。読めばわかってくれるはず……だといいな。
大規模侵攻前後の烏出でハッピーエンドです。ちなみにこの話、烏丸が修を気にかけるシーンがありますが、烏→修ではありません。あくまで師匠としてのライクです。
烏丸が元太刀川隊説、出水と幼なじみ説は今回使用してません。






出水公平にとって烏丸京介は最初、同じボーダーの後輩で同じ高校生に過ぎなかった。

出水はその日、特に用もなく学校内を歩いていた。機嫌が良くも悪くもなかったわけではない。たまには普段通らない場所を独りで歩きたかった。それだけの話だ。
まれに出水を知る生徒がひそひそ話をしているが、自分に関わらない限りは関係ない。
A級1位。この肩書きにどれだけの重さがあるのか生徒たちは知らなくても、気安く絡んで来ないだけの威力は持っていた。
だが、A級だろうがなんだろうが捕まえたら離さないタチの悪い輩はいるもので。
渡り廊下に足を踏み入ると、背の高い男子とそれを取り囲み隅に追い詰める複数の女子が目に入った。
通り過ぎようとして、おいおいと足を止める。囲まれていたのは烏丸京介だった。1人の女子が告白をし、受け入れるまでは外に出さんと周りの女子がやんややんやと騒いでいる。どうもそういう状況だった。
(うわっ女子怖えーよ)
烏丸が何度も拒絶するが、皆離さんとしている。休み時間はまだ長い。終わるまで待つのも手だが、本当に解放してくれるのだろうか。トラウマになりそうである。出水は何とかならないかと周囲を見渡した。
場所が悪かった。ここの渡り廊下は主に3年が通る道だ。整った顔立ちの男子下級生が告白に困るところを横目で冷やかし気味に見ても、知り合いでもないならわざわざ助けようとする奴はいない。
生徒会長か教師でも通り過ぎれば良かったのだが、あいにく天は烏丸に味方をしなかったようだ。とはいえ、このまま見ているわけにはいかない。正直言って、強引に不利な場所で逃げられぬよう取り囲むというやり方が出水には気に食わなかった。そのまま女子軍団の中へ入っていく。
「ごめん。ちょっといいか? 緊急事態なんだけど」
そう言って出水は烏丸の腕を引っ張り、素早く女子の輪から引き離した。
「ちょっと! 何するのよー!」
ブーイングを気にも止めず、出水は冷静な表情を作って言った。
「悪い。ボーダーから連絡があったんだけど、こいつを借りていく」
ボーダーという単語に固まったのを見計らって、出水は烏丸の腕を掴んだまま素早く渡り廊下から脱出させた。
あとには唖然とする女子たちが残る。
「えっボーダーとか言ってたよね?」
「ちょっと! 今の出水先輩じゃん!」
「出水先輩って?」
「あんたボーダーのリスト見たことないの? A級1位の!」
「きゃ! そんな人がわざわざ探しに来たの?」
「緊急事態ってなんなのよ?」
「知らないわよーせっかくのチャンスだったのにー」



「追って来ねえみたいだから大丈夫だろ」
「ありがとうございます……おかげで助かりました」
「顔が良いのも苦労するよな」
そうからかって、出水は烏丸の前髪を上げた。
「あまり……じろじろ見ないでもらえますか?」
「いやあ、おれから見ても良い顔だよなぁと思って」
そう笑って指先から解放してやる。
それが2人の最初の接近だった。



それ以来、2人は一緒にいる時間が学校限定であるが増えた。時折、昼休みに屋上で弁当の中身を交換するとか、そんなささやかな行いだったが。見た目のクールさに騙されて嘘をつかれ、怒ったり呆れたりするが傍にいて居心地の良い相手であるのは確かだった。さり気ない気遣いもできるし、我を通すような目立つ行動も取らない。
あーなるほど。これはモテるワケだ。出水は納得した。同性の自分から見ても好ましい相手だった。
ある時、烏丸から弟子を取った、正確に言えば迅から預かったと聞かされた。
それを聞いて、出水は息を飲む。玉狛に襲撃をかけたのはつい最近の話だ。彼はどこまで知っているのか。請け負った弟子が目標の相手なのか。出水はそれとなく話を促した。
「はっきり言って、B級になれたのが不思議なくらい弱くて、特訓メニューをどう組もうか今悩んでます」
どうやら近界民ではなかったようだ。
出水はぼんやりと考える。 襲撃が成功したら玉狛と戦闘になるはずだったのだ。その時烏丸はどうしたのだろうか。答えはわかっている。彼は守るために戦う。正直、近界民と戦うよりも烏丸と戦ってみたかった。任務の重要性はわかっていたが、烏丸の前に現れてその表情を崩してやりたかった。
そこまで考えて、何だかおかしくなってくる。まるで烏丸に執着しているようで。
頭の中を振り払い、出水は問う。そこまで言う弟子はほんとに強くなるのかと。
正直難しいですね。返ってきた答えはつまらないものだった。おまえ貧乏クジ引かされたんじゃねえの? と言うと彼は首を振った。
「何というか……手がかかる弟子っすね」
その言葉とは裏腹に、烏丸の表情は穏やかだった。出水は言葉を失った。僅かに伏せた眼差しは優しい。口元は緩やかに笑みを乗せる。
出水は見とれた。クールな普段とは違い、今まで見せたことがない胸が締め付けられる表情に。
まさか。出水に一つの考えが頭をよぎる。
「……そいつのことが好きなのかよ」
えっ、と烏丸は顔を上げる。そして出水の顔をハッキリと見据え言った。
「いいえ。好きな人が……います」
「えっ? 相手誰だよ!」
爆弾発言に出水は飛び上がった。これは何としても聞き出さなくては。
「まだ言える段階じゃないっすから」
素っ気なく語る烏丸に出水は食いついた。自分でもなぜかわからないが、猛烈に知りたい。納得のいく答えが欲しい。
結局、押しても引いても烏丸から相手の名は出なかった。ただ、烏丸は言った。
「先輩。いつかはハッキリと伝えますから、その時は驚くと思いますが……受け入れてください」
真摯な瞳に出水は頷いた。そして考える。自分が驚く相手とはいったい誰なのか。その時の彼は全く検討がつかなかった。













大規模侵攻-



ベイルアウト後のマットに叩きつけられる感触に、出水は目を開いた。急いで国近の所へ駆けつける。戦況はどうなった。誰が無事で誰がベイルアウトしたのか-

最初に隊長である太刀川の様子を見た。無線でやり取りは全くしていなかったので真っ先に確認をする。画面上で太刀川は、新型を何の苦労もせず二刀流で切り捨てていた。心配はなかった。
とにかく太刀川に自らベイルアウトしたことを伝え、国近に烏丸たちの戦況を確認するよう急がせた。
「わりぃ京介! しとめそこねた!」
本当に自分が不甲斐ない。あとは烏丸と米屋に任せるしかなく。彼らなら時間を稼ぎ、修は無事に基地までたどり着ける。そう信じるしかなかった。
ラービットの前に姿をさらした烏丸はガイストを起動した。話には聞いていたが、画面上のデータが烏丸のトリオン消費の大きさを物語る。
(3分に全てをかけるつもりか)
動きが流れが変わった。烏丸はギリギリまで力を温存していたのだ。絶望的な状況で彼は冷静さを捨てていなかった。倒すことは無理だろう。時間稼ぎだ。それだけのために烏丸は全力で武器を振るう。
出水は何かを行う位置にいない。時間が刻々と迫る中で見つめるしかなかった。このまま、このまま持ちこたえてくれれば……。
祈りにも似た感情が湧き上がったとき、出水は疑問を覚えた。自分は"何か"を忘れていないか?
その時だった。ゲートとともにワープをコントロールする女が現れたのが。
「まさか!」
出水は瞬時に理解し、画面に掴みかかろうとした。当然敵には届かない。足止めをくらったのは烏丸たちのほうだった。
気づいた烏丸が飛びかかる。
「ダメだ! 飛び込むな!」
悲鳴にも似た声は届かない。
烏丸の背後からトリオン体の魚の群れがなだれ込んだ。がら空きとなった彼の背中を叩く。それだけで決着はついた。
「京介!」
出水は叫んだ。烏丸の身体が崩れ、ベイルアウトした。
戦況は刻々と変化していく-



それからの出水の記憶は曖昧だ。ふと気づけばロビーを歩いていた。本部は敵の侵入を許したが、ここは無事だったようだ。しかし泣いている職員たちの声が聞こえてくる。
-死人が出た。
漠然とした情報しかわからない。そもそも自分はなぜここにいるのか。ああ、理由はたしか-
「太刀川さん!」
出水は自らの隊長を見つけ、駆け寄った。
「出水か、そっちは大変だったみたいだな」
ラービットを大量に切り捨てた男は、全くダメージらしいダメージも受けぬ姿で不敵に笑う。いつもの強さを秘めた男の前で、ようやく出水も笑みが出る。
「ブラックトリガーの相手をしたかったんだがな。それにしてもメシの続きは無理そうか?」
「いえ……さっき食堂が空いたそうです。メニューは限られるみたいですけど」
出水の返答に太刀川は言った。
「そうか。じゃあ一緒に食事をするか。ずいぶん疲れた顔をしているぞ」
背中を軽く叩かれ、出水は気がついた。自分の身体が固く強ばっていたことに。



それから数日後、警戒態勢が続く中で、出水はあの駆け出した少年、三雲修の見舞いに行くことになった。

修の母の若さにびっくりしつつ、彼の様子を伺うことができた。米屋から話には聞いていたが、想像以上の負傷だった。ガラス越しに出水は動揺を隠せなかった。
無機質な機械に囲まれ、それらが規則正しい音を立てることにより、修が生命を繋いでいるのがわかる。
本来トリオンで守られるはずの身体を捨てて、敵の攻撃に身をさらした少年からは、死の匂いがした。
遠征で何度も死の危険にさらされたことはあるが、まさかこんな身近で目にするなんて。
横で米屋たちが話をしていたが、出水には耳に入らない。
1人の後輩の姿が浮かんだ。校舎で見た弟子を語るときの眼差し。あれはそうだった。家族を語るときに似た表情で。彼にとって大事な人が白い病室に横たわって、ほぼ動かない。
ああ、これは。
出水は悟った。
-烏丸京介はこの光景を見て激しく傷付いている。
修は目覚める気配はない。機械に繋がれ呼吸だけを繰り返している。
「京介」
出水はぽつりと呟いた。



自宅に戻った出水は、スマホを前にしてイラついていた。
「何で携帯に出ねえんだよ」
もう何度スマホを操作したかわからない。烏丸はまったく電話に出なかった。連絡の制限はかかっていないはずだ。
-どこにいるんだ?
彼の実家の電話番号は知らない。
困って出水は米屋にかけた。
「おっどうした?」
「京介と連絡取れねえんだよ、何か心当たりねえか?」
「心当たりはねえけど、玉狛のやつらなら知ってんじゃねえ? 待ってろ今かけ直す」
その後米屋はいとこの宇佐美から詳細を聞き出してくれた。
烏丸は自宅待機になっているらしい。本来なら敵の襲撃に備え玉狛支部で待機するはずだが、烏丸の心身の消耗が激しいと判断した木崎が家で1日休ませる対処を取ったらしい。
出水の中で、あの病室がちらついた。
感じた予感は当たっていたのだ。烏丸は心を損なわれている。
-だが、自分にどうしろというのだろう。
休んでいるというなら、わざわざ行く必要もない。携帯が切れているのも人と接触したくないからだ。
考えても仕方のない。
出水は外へ出て、頭を冷やすことにした。今の自分は冷静ではないのだから。



近くの商店街へ出た。この辺りは被害が少なく停電もなかったため、復帰が早かったのだ。
そこでいつも立ち寄っているコロッケ屋でいくつかコロッケを買い込み、1つ口に入れた。それだけで荒ぶりかけた心が落ち着く。コロッケの温もりがありがたい。
そのまま目的もなくぶらりと歩く。どれだけ歩いただろうか。流れる音に気がつくと、商店街の一角に電気屋があった。大きな薄型テレビがゲストの歌手を紹介している。出水は残りのコロッケをかじりながら歌い始める歌手を眺めた。
(そういえば曲が流行っているんだよな)
出水はクラスメートが休み時間にやたらと歌っていたのを思い出す。おかげで覚えるつもりもないのに、歌詞がわかるようになってしまった。ただの切ない恋の曲だというのに。
-おれのがらじゃない。
なのに、なぜ自分はここで立ち尽くして曲を聴いているのだろう。
たしかこの曲の歌詞は。

歌が流れる。痛みを訴えるように。
-本当は 本当は 本当は あなた

出水の記憶にぼんやりと続きが浮かぶ。
画面から目が離せない。


-本当はあなた、 泣きたいんじゃないの?


出水は息を飲んだ。
歌手は歌う。切々と。相手を想って。

そうだ。病室で浮かんだ疑問。
-あいつ泣きたかったんじゃないのか。
だけど、あの場所では泣く自分を許しはしない。きっとそうだ。
出水は気がついたら走り出していた。
わかっている。そんなことを確認してどうするのか。それでも心が激しくざわめいた。

おまえを1人にしたくない-






烏丸はその時澄んだ大空の下、公園のブランコに座ってただ呆然としていた。
大規模侵攻から間もないせいか公園には人がおらず、風が彼の髪を撫でていく。それでも烏丸は微動だにしない。
そんな彼の思考を占めていたのは、あの白い病室だった。
迅の予知では助かったと言われたが、横たわり微動だにしない弟子の姿はかなり堪えた。それでもその時はまだ冷静さを保っていたのだ。
最初に修を弟子として引き受けたとき、本当にB級なのかと疑問に思うくらい弱かった。小南なら真っ先に匙を投げただろう。けれど修は人を惹き付けるものを持っていた。何も持たない自分から目をそらさずに走り出す、苛烈な意思を持っていた。それは才能を超えた修だけの力。それだけに烏丸は歯がゆかった。
誰か三雲修を、あの子を見つけてやってほしい。
願いはすぐに叶えられた。風間蒼也が修に対戦を申し込んだのだ。結果、1引き分け24敗だったが、風間は修の戦い方を嫌いではないと評価を下した。それは認められたに等しい。自他ともに厳しい人から受けた言葉を、烏丸は表情に出さずとも素直に喜んだ。
できることなら何でもしてやりたい。いつの間にか芽生えた想いだった。それは弟や妹たちに対する感情に似ていた。育ってほしいと。無茶はしてほしくないと。自分の心境の変化に烏丸自身は驚いていた。出水に好きなのかと指摘されて初めて自分の可愛がり加減に気がついた。苦笑する。恋愛感情ではない。それでも大事な存在だった。
-だから忘れていた。修は誰が連れてきたのか。
ある時落ち着かず、再び病室へ訪れたときだった。すぐに目覚めるとは思わなかったが、いてもたってもいられなかった。そして謝りたかった。修の面倒を見ていたのは自分だったのだから。戦況を冷静に見極めていれば、倒された状況も少しは展開が変わっていたはずだ。
到着すると修の母と千佳、対して迅が立っていた。
(迅さん?)
烏丸は信じられないものを見た。迅がただひたすらに2人に向かって謝り続けている。
どうして?
いつものひょうひょうとした姿はなりを潜め、弱りきった眼差しでひたすら頭を下げている。

謝り続ける迅。それを見て烏丸は自らのうぬぼれを知った。
最初に見つけて連れてきたのは迅だ。修に与えてやりたいと思ったのは彼だ。自分は次だった。認めてやる役だったのだ。
それなら。
それなら謝る資格は自分にはない。
迅は敵を抑え捕らえる役目を果たした。だが自分は時間すら稼げず、敵の思惑を読み取ることも引き止めることもできず。背負った重みが違いすぎた。
迅の謝る声が響く。烏丸は背を向けてその場を去った。


遠くから市役所の知らせがキーンという音とともに聞こえてくる。
どうやら時間を潰しすぎたらしい。動かなかったので身体ががちがちだ。帰ろうかとどうにか立ち上がりかけたとき、視界の隅に走ってくる人が見えた。
「先輩?」
よりによって1番顔を合わせたくなかった人が必死に走ってくる。なぜここに? 場所は家族にも知らせていないしそもそも電話番号も知らないはずだ。
疑問が烏丸から逃亡という選択を奪った。ただ唖然として出水が駆けてくるのを見ている。
やがて出水はすぐ傍に止まり、息を切らせたまま隣のブランコに勢いよく座った。烏丸は出水が行動を取るのを待つ。荒い呼吸が落ち着いてきたのか言葉をつむぎ始めた。
「はあ……お前、何で電話出ねえんだよ……はあはあ……もしかしてと思って来たら、公園で黄昏ているのが見えたし、はあ」
ここでいつもなら、体力のない先輩に走らせてすみませんとかそんなノリの会話が浮かぶはずだが、烏丸はどうして? という疑問しかない。
さらに出水は烏丸に混乱させるような言葉を投げた。
「コロッケ、一緒に食わねえ?」


烏丸はコロッケを口にして気づいた。朝からあまり食べていなかったのを。というか、覚えていない。おそらく食パンは胃に入れた気はするが。
コロッケはすっかり冷めきっていたが、腹にするするとおさまっていく。ふと隣の出水を見ると、自らの好物をむしゃむしゃと頬張っていた。
頭が回り始めた烏丸は思う。
-ああ、俺の好きな人がここにいる。
恋をしたのはいつだったかはわからない。ただ心の底に秘めて決して告げるまいと決めていた。いたはずなのに、当の本人に約束をさせられた。
受け入れてください、なんておこがましい。それでも自分の正直な気持ちだった。
早くコロッケを食べたら帰ろう。
今この人が隣にいて、いつも通りの振る舞いはできない。何かが決壊しそうな心を抱えているのに。弱い自分。惨めな自分。ダメだ。出てきてはいけない。
必死に抑えて最後の一口を飲み込んだ。しかし出水はそれよりも早く食べ終わり、烏丸の目の前に立った。逃げ道は絶たれた。そして言った。
「落ち着いたか?」
落ち着けるわけが無い。あんたがいるのに。
自分は今どんな顔をして恋焦がれた人を見つめているのだろう。いつもの平然とした顔はどんな感じだったのか。今の烏丸にはわからない。すると答えが出水の口から飛び出した。
「おまえ、今自分がどんな顔をしているのかわかっているのかよ。それでおれから逃げるつもりだったのか?」
身がすくんだ。
お願いです、先輩。これ以上は暴かないで。
「誰も見てないから、堪えるな」
出水は頬に手を伸ばした。そして告げる。
「泣いていたんだろ? ここで1人」

泣いていた?
何を言っているのかわからなかった。
なぜなら涙を流していない。黙ってブランコに揺られていただけだ。
違います。否定の言葉を紡ごうとした。
だってほら、瞳はこんなに乾いて……。
「先輩?」
烏丸は出水に抱きしめられていた。まるで何かから隠すように。
本来なら喜ぶシチュエーションだった。離れようと腕に力を入れたが、温もりがじわじわと身体に伝わる。鈍っていた感覚が全身を駆け巡り始めた。
背中をぽんぽんと軽く叩かれたとき、烏丸は思った。許してください。今だけは。酷く歪な自分を。
「…………おれ、は……修……を……」
声がのどに張り付き、叫びたくても掻き消える。わかっていたのに。あの時迅から自分にできることはないと負けてしまうと告げられたのに。自分が倒されたからこそ、敵の戦術を引き出して決定的な情報となり生かされたと知っても。現実を黙って飲み込めば良かったのに足掻いた結果、眠り続けたままの少年。
頭に浮かんだ瞬間、決壊した。動じなかった瞳から涙が零れ落ちる。
烏丸はやっと感情を吐露し、叫んだ。
出水は黙ってそれを受け入れる。烏丸はそんな彼にしがみついて泣いた。
公園には静寂しかなく、ただただ烏丸の苦痛の声が響いている。




それからしばらくして、三雲修が意識を回復したとボーダー内で瞬く間に広まった。広まるわけである。彼はテレビの記者会見で傷の癒えぬままで思惑の渦巻く大人たちにその身を晒し、意志の強さを見せつけた。
出水は烏丸へ連絡を取った。すると彼はすぐに病院へ行くという。ただ、怖いと弱気を口にした。師匠として自分はどんな言葉を吐き出すのかわからないと。出水は言った。
「大丈夫だ。おれがついてきてやるよ」
保証はなかった。しかし、出水は今の烏丸なら悪いようにはならないと考える。いざとなれば自分がフォローをすればいい。修が重態を負った原因の一つは自分なのだ。そう、敵の攻撃がトリオンにしか効かないと見抜いたのは自分。修はその情報を元に換装を解いたのだ。だから傍にいるくらいさせてほしかった。気休めであったとしても烏丸のために。



病室はあいかわらず白い。けれど、最初に見舞いへ訪れたときと違って、死の匂いはなかった。
「すみません……いろいろご迷惑おかけしました」
修は弱々しく謝罪をする。
聞きながら、出水は烏丸の出方を待った。
烏丸は椅子に座ってしばし見つめていたが、立ち上がって傷付いた修を黙って抱きしめた。
「烏丸先輩? ……」
修は驚いたが、抵抗する気はないようだ。
その後ろ姿を見て、出水は公園での出来事を思い出す。
あの時とは違い、烏丸の背中は傷だらけから遠ざかったようだ。
出水に安堵が生じると同時に、モヤモヤした感情も沸き上がった。それは三雲修への興味となって変わっていく。
烏丸が大事にしている初めての弟子。
-もう師匠に心配かけてやるなよ?
大事なものが欠ける苦しみはもう味わってほしくなかった。



帰り道。二人は肩を並べて歩く。
「メガネくんには大したことは言わなかったんだな」
「顔を見たら、力が抜けて……」
「まあそういうもんだろ。でもこれからが正念場だな師匠?」
「そうっすね……修の無茶は簡単には止められないから、訓練の内容を見直さないと」
「そうだな。メガネくん死なないように考えないとな。いざとなったらおれに相談しろよ」
「先輩にですか?」
「シューター専門が見てやった方がわかることもあるだろ」
「ありがとうございます。まだそこまで考えられませんけど、検討しときます」



「先輩。話があります」
烏丸は足を止めた。出水もつられて止まる。
「何だよ話って」
「前に好きな人について話したこと、覚えているっすか?」
「あ……えーと、驚くだろうけど受け入れろって話だったか?」
「そうです」
「相手を教えてくれるってことか?」
はい、と烏丸は真剣な眼差しで頷いた。出水はなぜこのタイミングなんだろうかと思考を巡らしたが、答えは出てこない。
「どうして今って、先輩は考えているんでしょうね」
「わかんねーな、京介の考えていること」
「正直、まだ弱気になってます。だから言ってしまえば先輩につけ込むようで……」
そこで言葉を切り烏丸は口を閉じた。一呼吸おいて続きを言う。
「嫌われてしまうかもしれませんね」
「何で相手を言うだけで京介を嫌わないといけないんだよ」
「それは」
視線に射貫かれる。
「好きな人は……先輩だからです」
「……ちょちょっと待て」
「今ここにいる男は、先輩の親切心につけ込んで弱い自分が隠せず耐えられなくて想いを吐き出した、最低なヤツです」
「…………」
それっきり2人の間に沈黙が落ちる。
出水は真っ直ぐに烏丸を見た。烏丸自身も言葉の内容とは裏腹にこちらから目をそらさない。
出水はぼんやりと思考を走らせる。
最初に顔を見たとき、ああたしかに周りが騒ぐほど整った顔だと思った。それから話をするようになって、時々バイトで疲れている姿を見て労ってやったり、何だかんだと傍にいることが増えた。一見クールに見えるが、澄んだ眼差しから語られる言葉は今時の高校生と変わらなかった。ただ、家族に対する愛情が垣間見えて好ましいと思っていた。
そう、それで家族以外に好きな人がいると聞いたときは心が激しくざわめいたのだ。
相手を聞き出したかったのは、最初は好奇心からだとばかり思っていて……いや。本当にそうだったのか?
その瞬間、出水はドロッとした心の底の感情に気がついた。おれは今までこいつを後輩として見ていたか?  本当に?
確かめたくなった。出水は烏丸の前髪をかきあげた。そして顔をじっくり見る。
「先輩?」
烏丸の声にもお構いなしにとことん眺める。
あ、やっぱり。出水は確信する。
おれこいつの顔好きだわやべぇ。
そう実感したら、キスをしていた。
烏丸は驚いて1歩よろける。だが、彼も覚悟を決めたのか肩を掴んで唇を重ねてくる。浮遊感がだんだんまとわりついて、心地よくなってきた。意識がふわふわしながら、あれ? これ今主導権握っているの京介じゃね? そんな考えが頭をちらつかせる。
まあ、それでもいいか。
出水が出した結論だった。
しばらくして身体を離す。
「……先輩……」
「あーあのさ、今試してみたけど大丈夫だった。おまえと付き合うのありだ」
「まさか……」
「いやまさかじゃねえだろ。こんな道のド真ん中でキスしといて。しかもおまえ遠慮してねえし」
出水はそこで笑ってみせた。
「そういうことだからよろしく」
「先輩らしいですね。お手上げです」
言った烏丸も笑ってみせた。再び見惚れながら出水は思った。
付き合うってことは、こいつを思う存分見られるんだなと。そう考えたら恥ずかしくなってきたが同時に楽しみが増えたんだなと、なんだかくすぐったい気持ちにさせられたのだった。
その後、烏丸にリードを取られて、惚れた弱味に振り回される自分がいることを出水はまだ知らない。