文章置き場

二次創作小説を記録しています。原作者、公式とは関係ありません。現在はWTを中心に上げています。R18作品はピクシブのみ。

スコープ越しの答え合わせ(wtユズチカ)

2019/12/25 1:59
アンケート第1弾、ユズチカ書けましたー!
ユズルが恋心を自覚する話ですが、千佳も好感は持っていると思って書きました。







夕暮れ時、ユズルは明かり1つ付いていない自分の家に帰っていた。
無言のまま電気を付ける。家族は父親しかおらず、当然仕事に出ているため声をかける相手はいない。
ただいまという言葉は、数える程しか発していなかった。
それを寂しいと思ったことはない。あったのかもしれないが、慣れて忘れてしまったのだろう。
スーパーで買ってきた惣菜を電子レンジで暖めている間に上着をハンガーにかけた。
やがて軽い音が鳴り、レンジから取り出してテーブルに置きペットボトルのお茶を傍らに用意する。
静かな夕食だった。ユズルはポツリとつぶやく。
「いただきます」



スコープ越しの答え合わせ



捕捉&掩蔽訓練。レーダーの情報無しで相手を狙撃し、なおかつ自らは隠れ続けなければならない。
ユズルにとってはそれほど難易度が高い訓練ではない。とはいえ、上位に入る当真や奈良坂の視線を交わして当てるのは、そう簡単にはいかなかった。
ただ、今日はうまいこと身体を隠しながらも、奈良坂の場所を把握できた。崩れたビルの影だ。大物を狙うチャンスである。熱くならぬよう自分に言い聞かせ、隙を伺う。相手が撃ってくれれば楽かと思ったが、奈良坂は1発撃った後素早く隠れてしまった。しかし距離はそれほど離れていない。こちらから近づいて撃っても良い。ユズルはタイミングを合わせるためにスコープを覗き、動くのを待った。そのつもりだった。
ちらりとスコープの隅に動く小さな影が揺らめく。
ぎょっとしてスコープ先を向けると、そこには雨取千佳がビルの上に登って場所を確保しようと動いていた。
(あ、雨取さん!)
まずい。明らかに奈良坂に撃たれる位置へ自分から入り込んでいる。ユズルは動揺した。
これは訓練だ。彼女が撃たれたところで順位に影響するくらいのもの。だが、ユズルはその時-
その時、彼女が目の前で誰かに撃たれるのが嫌だと思ったのだ。
気が付けば引き金を千佳に向けて引いていた。
スタンプがポンと彼女の心臓辺りに付いた。驚く表情。次の瞬間。
ポンとユズルの額にスタンプが付いた。奈良坂が撃ったのである。
慌ててもう一度スコープを覗き込んだ。
しかし、千佳と奈良坂はすでに場所を移動し、姿を消していた。
ユズルは壁に寄りかかり思った。
(何やってんだオレ)



訓練は終了。

当真の方から、珍しくミスしたなと軽口を叩かれてムッとしたが、いつもの調子であしらう。
知らず知らず溜め息がこぼれた。
気づいたことがある。最近、千佳の顔をまともに見ていられないときがあるのだ。理由は何だろうか。照れくさい思いを抱えているのは確かだが、ここまで人見知りに近い反応をしてしまうのは初めてだった。
それでも今日わかったことがあった。

「スコープ越しなら雨取さんをずっと見ていられるかな……」
身体が反応して撃ってしまったが、視線は一切外さなかった。その意味を考えていると。

「ユズルくん?」
「あ、雨取さん?!」
振り返ると、今まさに頭から離れなかった相手がそこにいた。
「ごめんね急に声かけちゃって。考え事している時に邪魔しちゃったね」
少ししょんぼりとした千佳に、ユズルは慌てて首を振る。
「あ……いやそれは大丈夫だから……雨取さんは気にしなくていいよ」
「それならいいんだけど……」
なおも明るい表情を見せない千佳に、罪悪感を覚えながらもホッとした。
「……良かった聞かれてない……」
そして安堵する自分が嫌になった。こんな気持ちは師匠である鳩原がいなくなって、何もできなかった自分に苦味を感じたとき以来だ。
「あ、あのねユズルくん」
もじもじしながら千佳が話しかけてくる。仕草が可愛かった。
「レッドバレットのことなんだけど……」
「何か問題があった?」
「ううん、そうじゃなくて……お礼したいの」
意外な言葉にユズルは目を見開いた。
「ユズルくんが教えてくれたおかげで、少しずつだけど戦えるようになったから、ホントにありがとう」
語った千佳の表情は柔らかい。
ユズルは胸が痛んだ。自分は師匠と同じ道を歩んでほしくなくて協力しただけで。そこには打算なんてものはなかった。なのに、ありがとうが身に染みて気持ちが揺れる。
今すぐスコープが欲しい。顔を見ることができない。でも顔が見たい。
そんなグラグラした気持ちのユズルをよそに、千佳は話の続きを始めた。
「お礼なんだけど……一度玉狛に来てくれるかな?」
「玉狛に?」
「ご飯を作るからごちそうしたいんだ。玉狛はご飯が当番制だから、今度私が……正確に言うと修くんと遊真くんと一緒にカレーを作るんだけど」
「他の人は用事でいないし、良かったらユズルくんを招待したいの」
思わぬお誘いにユズルは考えた。玉狛はボーダーの中でも独特の存在だ。とはいえ、食事をするぐらいなら隊長を初めとした影浦隊のメンバーは反対しないだろう。断るのはかえって失礼だ。何よりカレーは大好物である。最近全く食べていなかった。
「わかった。お礼は別にいいと思っているけど、せっかくだから……」
「良かった! じゃあ詳しい日時はね……」



そんなわけで昼下がり、ユズルは玉狛へ行くことになった。何か土産が必要だろうかと隊室で相談したら、皆ニヤニヤしながら用意してくれた。誤解されている気がする。
とりあえず緊張はしていない。2人きりで逢うわけではないからか。道を進みながら考えた。
やがて変わった建物が見えてくるとともに、近頃よく隊長と手合わせする白い頭の少年が姿を表す。
「お、ようこそ玉狛へ。お待ちしておりました」
空閑遊真は玄関先でほうきとちりとりを持って、最初に出迎えてくれた。
彼曰く、お客様が来るので玄関の掃除を任されたらしい。
「これカゲからなんだけど。よろしくって」
「ほほう、これはありがたき幸せ」
カゲにすっかり気に入られた遊真は独特のノリで土産を受け取り、ユズルを玉狛の中へ案内する。
「あ、こんにちは! ようこそユズルくん!」
突然にこにこ顔で千佳に出迎えられて、ユズルは心臓が跳ね返るかと思った。
「チカ、玄関の掃除終わったぞ」
「ありがとう遊真くん、後はカレーが煮込むのを待つだけだね」
ユズルは室内を見渡した。ざっと見た印象だが大勢の人が利用している空気を感じる。千佳に案内されてソファーに座った。
「オサムはまだか?」
「さっき電話があったから、おやつを買ってすぐに帰ってくるよ」
やがて修も帰宅し、4人で少し遅めのお昼ご飯を食べ始める。
カゲが受け入れただけあって、遊真の方は気楽に会話をすることができた。一方、隊長である修は真面目な印象で話がしにくいかと思ったが、時折遊真にツッコミを入れては、千佳が笑っている。チームの雰囲気はとても良いと言えるだろう。何よりユズルはリラックスして食事を楽しむことができた。千佳が笑っていることが嬉しかった。
良かった。あの時レッドバレットの使い方を教えて。
千佳が人を撃てないのは変わらないが、1歩進むことができた。
ユズルはごく自然に千佳を見ていた。窓から光が差し込み彼女は輝いて見える。




ユズルはその後、自宅へ帰った。
相変わらず、家には誰もいない。
いつもなら買ってきた惣菜や弁当で夕食を済ますのだが、今日は違った。
紙袋から取り出したのは、カレーが入ったタッパーだ。
玉狛で食事をした時、カレーが好物と話したところ修が余った分を詰めてくれて。
千佳が紙袋を用意しながら言っていたのを思い出す。
「カレーは1人だとなかなか作らないもんね」
ああそうだ。カレーは外で食べることはあっても、家で食べることは滅多になく。父親が休みで自分も任務がない時に作るくらいだ。
カレーは誰かと一緒に味わう料理だった。そう意識した途端、寂しい気持ちが溢れてくる。
手元にあるカレーは、自分の気持ちも一緒に詰まっているそんな気がした。
冷めてしまったので、電子レンジで温める。
パックのご飯もレンジにかけ、2度目のカレーをいただくことにした。
「いただきます」
言葉が出た途端、千佳の嬉しそうにカレーを食べる姿が脳裏に浮かんだ。そして気づく。
「……オレ。雨取さんのこと……」
ユズルはカレーを一口食べる。
自覚した恋心は、甘く程よい辛さを口に残した。